名身連物語

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  • 思いがけない転機~「新人くん」から中堅職員へ~

    2017年3月9日 働く
    名身連旅行センター職員・Eさん 名身連職員
    思いがけない転機~「新人くん」から中堅職員へ~

    Eさん(男性・28歳)が初めて名身連の名前を知ったのは、4年前就職フェアに足を運んだ時。何だか心惹かれて、気がつくとそのブースに座り込んで担当者にいろいろ質問していたそうです。初対面の人と話すときには緊張して、何をしゃべっていいか分からなくなってしまう彼にしては珍しいことでした。

    スーツを着て緊張顔の若い男性Eさんが、名身連と書かれたブースで女性職員と向かい合って、一生懸命話そうとしている
     

    採用試験の結果、みごと正職員として採用されたものの、福祉の仕事は初めて。いったい何をどうしていいやら、なかなか要領がつかめません。障害者施設の現場は日々大忙し。てきぱき動く先輩職員たちをしり目に、新人Eさんは日常業務を覚えるだけで精一杯でした。仕事でミスをしては、「ごめんなさい」と頭を下げることもたびたび。でも、器用ではないなりに一生懸命取り組む姿に、不思議と手が差し伸べられるのです。同期で入った職員ともすっかり打ち解け、部署が離れていても仕事上のアドバイスを受けたり、新しい企画の相談相手になってもらったり。Eさんを中心に何となく人の輪ができあがってゆきます。

    ファイルを胸に抱え、汗をかき、困った顔をして一生懸命仕事をしているEさん 若い男性の同僚3人と、笑顔で話しているEさん
     

    そんな彼にとって大きな転機が訪れたのは2年前。名身連が収益事業として運営している旅行センターの担当として、事務局に異動になったのです。旅行業務取扱管理者という資格をもっていたからなのですが、実務は初めて。最初はホテルやレストランに電話ひとつかけるのにもドキドキして、一度に全部の用を済ませることができず、何度もかけ直したりしました。手配も、打ち合わせも、他の職員と相談しながら、手伝ってもらいながら、とにかく必死にこなすだけでした。当事者団体の旅行センターだけあって、障害者の全国大会の手配など大きな仕事も入り、業務量はどんどん増えました。
    そのかたわら名身連の職員研修やQC活動などに参加して研鑚を積み、プライベートでは福祉の資格取得のための勉強も始め、毎日が飛ぶように過ぎていきました。ひとつ仕事の山を越えるたびに、ほ~っと息をつくと同時に、たくさんの学びを得て、次に活かしたEさん。障害のあるお客様と毎日かかわるうちに、苦手だったコミュニケーションもうまくとれるようになっていました。旅行センターのオリジナルツアーの企画も軌道にのせ、たくさんのお得意様ができ、手ごたえとやりがいを感じるようになってきたこの頃なのです。

    山積みの書類の横で、電話しているEさん…カット②よりしっかりした顔 ・ツアーの旗を持ってバスの横でにこにこしているEさんとツアーのお客(車いす)
     

    先日、名身連の入社式で先輩職員としてのスピーチをしました。そのなかでEさんは、「名身連では必ず仕事のフォローをしてもらえるので、頑張ることができます。みなさんも名身連でさまざまなことにチャレンジしてください」と、後に続く人たちにエールを贈りました。「新人くん」はすっかり中堅職員へと成長し、これからもチャレンジの毎日です。

    演台の前で堂々としたようすでスピーチしているEさん 手前にスーツ姿で着席している男女の新入職員の後ろ姿

    イラスト協力@愛知淑徳大学 創造表現学部 学生さん

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  • 介助が必要でも働ける~ステップアップしながら、在宅就労を実現~

    2016年9月18日 働く
    Cさん 20代 脳性まひ
    介助が必要でも働ける~ステップアップしながら、在宅就労を実現~

    Cさんのサービス利用経過

    名身連第一ワークス・第一デイサービス生活介護(生産活動なし)
    →生活介護(生産活動あり)
    →就労継続支援B型
    →就労移行→名身連相談事業所

    Cさんは地元の中学校卒業後、特別支援学校の高等部を卒業しました。Cさんは、一般就労して、自立したいといという夢を持っていました。それまで地元のコンビニやレンタルショップに一人で行くことはありましたが、介助が必要な場面が多かったので、公共交通機関を利用して一人で外出する機会がありませんでした。一般就労の夢をかなえる第一歩として、まず一人で通勤できるよう、名身連まで市バスで通所することになりました。当初はヘルパーさんに同行してもらいましたが、ある程度慣れたので一人で通うことにしました。雨の日でも車椅子用のカッパを着用し、休むことなく毎日一人で通所しました。このころの彼は、生活介護(生産活動なし)で創作活動に取り組む毎日。人前に出ることにも臆さず、新春パーティーの司会を担当するなど意欲的でした。
    Cさんが、雨の中車椅子用のカッパを着てバスで通所している様子

    一人通所も順調で、体力もついてきたので、Cさんは生活介護(生産活動あり)に移って軽作業のプログラムに取り組むことになりました。創作活動にくらべると、集中して作業を行なわなければなりません。最初は疲れましたが、こちらにも少しずつ慣れ、自ら工夫して作業に取り組むことができるようになりました。トヨタコミュニケーションシステムのPCクリーニング作業など、誇りをもてる仕事にもかかわり、働くことが楽しくなりました。また同じ生活介護(生産活動あり)から継続Bに変わった利用者を目の当たりにして、「もっとがんばらないといけない」と、より就職への思いが強くなりました。

    Cさんは自分もステップアップしたいと職員に相談し、就労継続B型に行く準備を開始しました。就労継続B型は生活介護より働く時間が長くなり、また利用者さんの年代も様々でCさんより年上の人も多く、職場での言動や仕事の指示の受け方など、アルバイトや就労経験がなかったCさんにとっては初めて一般就労に近い環境に身を置くことになりました。その一方で、自分に合う職種を絞り込んだり、通勤できる範囲を考えたり、どのような働き方をしたいかなど、求職活動前の準備も念入りに行いました。その結果、通勤範囲は自宅から30分程度のところで、事務系の作業をしたい、と自分の希望をはっきり意識できるようになりました。このように働くための下地も整ったところで、就労移行に移り求職活動を開始することに。
    Cさん(車椅子)が、年長者に囲まれて作業している様子

    就労移行では、事務職への就職に向けパソコンのプライベートレッスンを行いました。講師として、クリーニング作業のときにもお世話になったトヨタコミュニケーションシステムの専門のスタッフが来てくださり、Cさんのレベルに合わせた独自のプログラムを組んで研修を実施しました。その成果が出てパソコンのスキルが上がり、難しい表計算もこなせるほどに。ご本人にも自信がついたので、職安に登録。早速求職活動を開始しました。

    しかし実際求職してみると、トイレに若干の介助が必要ということでなかなか受け入れてくれる事業所がありませんでした。Cさんが受けてみたいと決めた事業所に、ハローワークから連絡していただくのですが、あらかじめトイレ介助が必要な方と伝えると、申し込みそのものをお断りという会社が10社以上。また面接にこぎつけても、職場内でトイレの補助をお願いしたいという話になると、結局就職することが叶いませんでした。
    Cさん(車椅子)が、就職面接している様子。担当者は、少し渋い表情をしている。 Cさんは、の表情は少し曇り気味

    面接を受けてみて、Cさんは、介助をしてもらいながらの就職が難しいことを知りました。当初、在宅就労を希望していませんでしたが、トイレ介助の問題をクリアするために在宅就労の道を選んだのです。仕事のある日のCさんの日課ですが、朝9時に職場に連絡して、仕事を開始します。12時から13時までの昼休憩の時間に食事やトイレを済ませます。その間はヘルパーさんに自宅に来てもらい身体介助を受けます。休憩が終わると、午後は16時まで再び仕事に励みます。在宅ですが、家の中にこもりがちにならないように仕事以外は積極的に外に出るようになりました。

    就職という夢を実現したCさんはさらに自信がもてるようになりました。障害者関係の大きなイベントで300人程の観客を前に司会をつとめるなど、公私にわたり積極的に活動しています。
    多くの人の前で司会を担当し自信にあふれるCさん
    イラスト協力@愛知淑徳大学 創造表現学部創造表現学科1年 口谷 優里菜 さん

     

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